ヒロセ サトシ   Satoshi Hirose
  廣瀬 智士
   所属   追手門学院大学  心理学部 心理学科
   追手門学院大学  大学院 心理学研究科
   職種   准教授
発表年月日 2026/08/19
発表テーマ 視覚経験によるユークリッド空間表象の形成
会議名 第20回Motor Control研究会
学会区分 全国学会
発表形式 ポスター
単独共同区分 単独
開催地名 Yokohama, Japan
開催期間 2026/08/19~2026/08/21
発表者・共同発表者 須田祐貴, カラン明子, 廣瀬智士, 池上剛
概要 運動制御・学習研究では運動計画において、外部空間に基づく座標系が重要な役割を果たすことが示されてきた(Cohen & Andersen, 2002, Nat Rev Neurosi)。これら外部座標系はしばしば視覚情報に基づく空間表象として扱われてきたが、いずれも距離、方向、直線といった幾何学的関係が定義されるユークリッド空間表象を前提としている。では、視覚障がい者は、運動の参照枠となるユークリッド空間表象を形成できるのだろうか?

そこで我々は、ユークリッド空間表象を必要とする独自の課題を開発し、先天盲、後天盲、晴眼者を対象に、視覚経験がユークリッド空間形成に必要かを検証した。この課題では、視覚を遮断した状態でスピーカーから連続する3音について、それらが直線に並ぶか否かを強制2択で回答した。直線は斜め・垂直・水平の3種類存在し、この方向別の判別感度(d')を評価した。重要なのは、水平・垂直は音響手掛かりのみで判別できるのに対して、斜めは個々の音響手掛かりから得られた位置情報を外部空間内に配置し、それらの傾きを計算する必要がある。つまり、斜めは聴覚から得た位置情報を脳内のユークリッド空間表象へ配置して判断する必要がある。本研究は情報通信研究機構倫理審査委員会の承認のもと実施された。

実験の結果、先天盲は垂直・水平では後天盲と同等でありながら、斜めでのみd'が選択的に低下した。この結果から先天盲は、単一な音響手がかりの利用には問題を示さないものの、ユークリッド空間を表象することに困難を示す可能性を示した。さらに、後天盲において斜めのd'と失明年齢の間に6-7歳をピークとする逆U字の関係が認められた。この結果は、ユークリッド空間表象の形成が視覚経験の有無だけではなく、失明した時期に依存する可能性を示している。早期失明では脳の可塑的変化が起こりやすく、聴覚空間処理に有利な可能性がある。一方、視覚機能は6-7歳までに成熟するとされており(Leat et al., 2010, J Optom)、この時期よりも早い失明は、外部空間を幾何学的構造に基づいて表象できない可能性がある。したがって、ユークリッド空間表象の形成は、視覚機能の発達と失明後の脳可塑性との相互作用として規定される可能性がある。

本研究は、視覚経験の欠如が正確なユークリッド空間表象の形成を妨げること、さらにその形成が失明時期に依存することを示した。我々はこれまでに先天盲は、後天盲や晴眼者と比べて腕到達運動における手先軌道の曲率やばらつきが大きいことを報告した(池上ら、第19回MC研究会)。この結果は、先天盲における到達運動の不安定性が、運動計画の参照枠となる外部空間表象の不正確さに起因する可能性を示唆している。したがって、運動を出力の問題として捉える枠組みに対し、本知見は運動計画に用いられる空間表象そのものが視覚経験に依存して構築されるという新たな視点を提供する。